一般社団法人 日本原子力学会 Atomic Energy Society of Japan

会員専用サイト

理事会だより

「2025年秋の大会」理事会セッション報告

 1.はじめに

 日本原子力学会2025年秋の大会が2025910日~12日に北九州国際会議場にて開催され、その初日に企画セッションの一つとして、理事会セッション「原子力人材育成における学会の果たすべき役割」が実施された。
 我が国は原子力エネルギーの積極的な活用へ方針が変化しつつあるが、そのような中、原子力人材育成は未来のため確実に進めるべき重要な課題と認識されている。日本国内では各政府機関が独自に政策を進めているが、横の連携が不可欠になっている。本企画セッションでは、文部科学省、経済産業省及び原子力規制庁から、それぞれの施策についてご講演をいただき、その後、総合討論において、学会の人材育成活動報告と併せて、原子力人材育成における効果的な横串方策や学会の役割について議論した。

 2.文部科学省における原子力人材育成の取組

 文部科学省の有林浩二様(原子力課長)よりご講演いただいた。原子力分野の人材はいま、長期的な減少傾向となっている。平成以降、国内大学の原子力関連学科の減少の他、研究炉の数も減少している。もはや個々の大学だけで原子力人材育成は困難であり、全国規模の取り組みが必要となっていた。このような中、文科省は令和3年、「未来社会に向けた先進的原子力教育コンソーシアム」(ANEC)を創設した。ANECには現在、全国の約70機関が参画している。
 ANECでは以下の4つの分野にグループを設け持続的な人材育成活動を展開している。
〇カリキュラムグループ
 北海道大学を中心とし、原子力の講義を収録、オンラインで公開し、誰もがアクセスできる教育プラットフォームを構築した。北大の大規模オンライン講座(MOOC)では10代から70代まで幅広い年齢層が約4,000名受講するなど、リカレント教育やリスキリングにも活用されている。
〇実験実習グループ
 近畿大学及び京都大学が中心となり原子力分野の大型実験施設や設備を参画大学間で共有し、全国の学生に原子炉実習・実験の機会を提供することで、実践的教育を支援している。
〇国際グループ
 東京科学大学が中心となり海外機関との組織的連携による国際研鑽の場を創出している。具体的には、米国の大学教員を招聘しての日本人学生との討論や、IAEAなど海外機関や米国大学への日本人学生派遣、といった交流機会を学生に提供している。
〇産学連携グループ
 三菱重工業及び関西電力が連携し、「作る側から使う側まで」というキャッチフレーズで原子力技術の現場体験を学生に提供している。具体的には、原子力プラントの設計・製造現場や発電所での実習などを行っている。

 ANECはこれまで、上記の通り人材育成に係る成果を十分に上げてきたことから、令和9年度以降、次期枠組み(ポストANEC)の制度設計を進めている。重要な点として、他分野からの人材確保と裾野拡大を主眼としている。ポストANECでは震災後に減少した他分野(機械・電気系など)からの人材確保や、裾野拡大のため他分野学生への教育機会の提供などを検討している。産業界からの更なる参画を促す仕組みも導入していく。
 講演後、産業界として必要としている人材のレベルや人数はどの程度か、との質問があり、現在は経産省において「人材の需給マップ」を作成中であることや、採用する企業側からのフィードバックも重要である旨の回答があった。また、文科省として、他の省庁(経産省や規制庁等)との連携をどう考えるか、との問いには、経産省との協働を進め産業界にも積極的な参画をお願いしたい、との話があった。例えばインターンシップの前段階で企業技術者と学生が交流する場を設けることで、学生が学習内容の実社会とのつながりを把握でき、また企業には採用人材の情報収集ができるなど、Win-Winの関係を構築できる可能性がある、との回答があった。

 3.経済産業省の原子力人材育成政策

 経済産業省の多田克行様(原子力政策課長)よりご講演いただいた。近年のデータセンターやAIの普及拡大を反映して、電力需要は増大傾向にある一方で、脱炭素社会の実現に向けて安価で安定的なグリーン電力を求める声が強まっている。海外大手IT企業(AmazonMicrosoftGoogle)は、原子力を含む脱炭素電源を囲い込む動きも見せている。昨今のウクライナ危機をきっかけにエネルギー安全保障への関心も高まってきていることも見逃せない。第7次エネルギー基本計画では、こうした背景を踏まえ下記の4つの重要なポイントを挙げている。
(1) 将来的な電力需要の増大の見込み
(2) 特定電源に過度に依存しない電源構成
(3) エネルギー安全保障の観点から再エネとともに原子力の最大限活用
(4) 脱炭素化に伴うコスト上昇の抑制
 この方針の下、原子力政策として重要な課題は、1)既存原子炉の再稼働の推進、2)次世代革新炉の開発・建設、及び3)人材育成とサプライチェーン基盤の強化、である。特に3点目については、例えば、海外の原発建設事例では人材・サプライチェーンの弱体化による工期遅延などが見られている。このため経産省では、原子力のサプライチェーン全体の支援を目指す原子力サプライチェーン・プラットフォーム(NSCP)を設立した。これは、以下の三本の柱からなっている。
(1) 人材育成・確保
(2) 供給途絶対策
(3) 海外プロジェクトへの参画支援
 今回の主題となっている、(1)の戦略的な原子力人材の育成・確保について紹介する。原子力サプライチェーンは複層化しているため、経産省では、学生、社会人、技術者、技能者の4(象限)に分けて整理をしている。課題としては、福島の震災以降技能者が4割程度減少していることや新規建設途絶による技術継承の断絶の恐れなどが懸念されている。それを踏まえての今後の方向性は下記の3点としている。
〇人材需給ギャップの見通し把握
 原子力分野のどの部門でどの程度人材が不足しているかを定量的に把握する。これに基づき、優先的に強化すべき技能領域や職種を明確化し施策立案に活かす。
〇ものづくり人材育成
 技能者の減少と技術の維持のため、原子力メーカーやサプライヤーと協力し実践的な研修プログラムを実施する。
〇他産業からのリスキリング促進
 機械・電気など他分野から原子力産業への人材流入の促進と、その人材のための原子力分野で通用するスキルの習得(リスキリング)の支援を行う。

 原子力の人材育成については文科省がANECで実施しており、経産省では高専・工業高校をターゲットにした活動をしているが、それぞれが異なるアプローチを行っている可能性がある。これを踏まえ、各省庁や大学・企業の人材施策を一体的に推進し、重複のない効果的な支援策の検討・実施を図ることを目指す協議体を設立する計画としている。
 時間の制約の関係で質疑応答は割愛となった。

4.原子力規制に関する人材育成について

 原子力規制庁の渡邉桂一様(人事課長)よりご講演いただいた。原子力規制庁でも技術系人材の高齢化と不足が深刻な課題となっている。規制庁全体の職員は約1,000名いるが、その約半数が50代以上になっている。これは、規制庁が2012年に発足、2014年から新卒採用を開始したが、プロパーの職員が1/3、経産省(旧原子力安全保安院)、文科省及び旧原子力安全基盤機構(JNES)からの職員が1/3、そして規制庁発足後の中途採用職員が1/3となっていることによる。新卒採用の技術系職員は年に1020人程度にとどまっている。
 このような背景から、将来の規制人材確保に向けた原子力規制人材育成事業を平成28年度より開始した。原子力の規制には原子力工学のみならず理学・工学の幅広い分野、医学や法学、そして社会学といった分野にもかかわってくるため、幅広い人材を集める必要がある。本事業は、原子力規制委員会の業務に直結する専門知識・能力を涵養する教育プログラムの設置や人材育成活動を行う教育機関を支援するものであり、以下の3領域で実施している。
(1)原子力プラント規制等に係る業務: 原子炉の審査や検査等
(2)放射線防護に係る業務: 放射線規制、原子力災害対応、放射線モニタリング等
(3)自然ハザードに係る業務: 地震・津波・火山等の自然現象リスクへの対処
 この事業は公募方式を採っており、1件あたり年間10003000万円の補助金が交付され、概ね35年間の事業となっている。これまで延べ37のプログラム、約2万人の参加などの実績がある。例としては、以下のような事業がある。
〇東京大学
 「原子力規制のレジリエンスを高める国際化人材育成プログラム」
 原子力規制制度を取り巻く社会環境の変化に柔軟に対応できる人材の育成を目標とし、規制庁職員による特別講義や特定の課題をテーマとしたプロジェクト演習、国際ワークショップの企画運営などを盛り込んだプログラムとなっている。
〇大阪大学
「社会との共創による原子力規制人材育成プログラム」
 原子力規制の重要性を総合的に学べるプログラムを展開している。特徴として福島県浜通り地域での放射線計測フィールドワークの実施や、国際ワークショップへの参加がある。
〇東京都市大学
 「地震・津波・火山に関する体験重視の継続的人材育成プログラム」
 非原子力系の学生に対しても、実験・見学など体験型学習を通じて耐震、耐津波及び火山リスクの学習につなげるプログラムで、発電所見学、岩石試料の分析実習、振動台実験の体験等がある。他大学・他学部や外部機関との連携を特徴としている。

 本事業の課題としては、終了後に自立的に継続することを求めているが、大学側では若手教員や事務スタッフを継続雇用できず、自立継続は困難な現状がある。従って、優れたプログラムには継続事業を認めている。また応募件数の増加に対し予算が追いついていない現状もあり、近年は採択率が低下傾向である。これに対しては、予算の拡充努力をしているところである。
 今後の展望と期待として以下が挙げられる。
(1)予算要求の増額(令和8年度概算要求額は5.9億円で、前年度比で+1.4億円)による採択件数の増加や継続支援強化
(2)既存のプログラム間での良好事例や成果を共有
(3)規制委員会委員や職員、関連企業による講義の拡大や、社会人を対象としたプログラムの拡大
(4)分野特化型のアプローチをテーマとしたプログラム
(5)各プログラムの自立化に向けた他機関との連携
 時間の制約の関係で質疑応答は割愛となった。

 5.総合討論

 講演者3名に加え、越塚誠一原子力学会会長(東京大学)、宇埜正美教授(福井大学、教育委員会)、川合康太氏(三菱総合研究所、若手連絡会会長)が加わり、「学会の果たすべき役割」について総合討論を行った。
 まずは、原子力学会の役割を議論する前に、そもそも学会ではどのような人材育成活動をしているかを紹介し、その後具体的な議論に入った。学会の取り組みについては、川合様から以下の説明がなされた。
 学会における人材育成の取り組みは以下のようなものがある。
(1)年会・大会や学会誌を通した知識の共有・蓄積、技術士の制度維持
(2)オープンスクール等での知識の普及と指導教育
(3)ダイバーシティ・インクルージョン推進活動による多様な人材活躍の環境づくり
 また、大学側からは、宇埜様から以下の紹介があった。高校・中学など初等・中等教育段階からの働き掛けが必要であり、人材育成はそれを担う方々(特にボランティア)に依存しており、学会はそのような活動をサポートする人材を輩出する必要がある。
以上を踏まえ、原子力人材育成に関して、(1)最も重要な点は何か、(2)現状の課題は何か、(3)日本原子力学会はどう貢献すべきか、の問いかけが越塚会長よりなされた。それについて各省庁のパネラーから以下の項目について意見が述べられた。
〇有林様(文科省)
・人材育成は長期的視点と持続性が不可欠
・国の支援に頼らず、様々な方々がWin-Winで参画する仕組みの必要性
・原子力を学べる場所、についての発信の学会への依頼
〇多田様(経産省)
・産学官の連携の重要性、就職後の人材の流れをフォローする仕組みの必要性
・省庁として原子力の重要性を社会に広く理解してもらう活動の推進
〇渡邉様(規制庁)
・原子力は総合工学であり、機械、土木、材料、情報等他分野との連携の必要性
・裾野を広げ、異分野人材の参画を促すことの重要性
 以上について会場からは、人材の裾野を広げるために重要となる、原子力分野における投資予見性についての質問があり、経産省の多田様から、投資予見性という点ではエネルギー基本計画の見通しがそれに当たるとし、経産省の原子力小委員会では具体化のためシナリオ検討を進めている、との回答があった。
 最後に、越塚会長から、日本原子力学会としては様々な取組みを行ってきているが、如何に若年層に「参加したい」と思わせるかが重要である、と締めくくった。

 6.おわりに

 今回の企画セッション(理事会)では、「原子力人材育成における学会の果たすべき役割」について議論がなされた。文科省の有林様からは、学生と企業との交流をWinWinの関係を満たしながら進め、すそ野を広げる、という考えがお示しされたが、これは、学会が間に入ることで十分に役割を果たすことができる部分でもあり、ポストANECでの学会の寄与が重要になると感じた。また、経産省の多田様からは、エネルギー安全保障の観点から再エネとともに原子力の最大限活用が第7次エネルギー基本計画に謳われているとされたが、これは極めて大事であるし、各省庁や大学・企業の人材施策の一体化も重要である、との提言もあった。また、このタイミングで資源エネルギー庁から、原子力人材育成に係る協議会も提案されており、とても重要な局面に差し掛かっていると思った。学会として更に注視していく必要があると感じた。規制庁の渡邉様からは、規制庁では多様な人材が必要であり、その不足がある、との話があった。また、事業の予算増額のことも具体的に紹介されたが、学会としては歓迎である一方、やはり自立化の問題は大学等では難しく、規制庁のサポートの他、学会を含めた連携が必要であると感じた。

 以上、3省庁をお招きした原子力人材育成についての企画セッションは初めての試みであり、多くの情報を得ることができた。引き続きこのような取り組み(情報交換と情報共有)を進める必要がある。省庁の皆様からは、省庁間連携を進めることの重要性が指摘されたが、学会からは、苦情も含めもっと積極的に情報をいただきたい、との話もあった。今後の学会の取り組みが期待される。

 最後に、今回の企画セッションの参加者は約100人であった。ここにご参加くださった皆様にお礼申し上げます。

 村田 勲(企画理事、大阪大学)