一般社団法人 日本原子力学会 Atomic Energy Society of Japan

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理事会だより

「2024年春の年会」理事会セッション報告

1.はじめに
 日本原子力学会では「社会とのコミュニケーション」と「活動成果の公開と社会への還元」を重視し、とりわけ東京電力福島第一原子力発電所(1F)事故に係る情報に関する社会への発信と社会との対話は、重要なミッションである。一方、2023年8月に開始されたALPS処理水の海洋放出については、2021年6月のプレスリリースにおいて「実行可能でリスクが少ない選択」との見解等を発表しているが、学会としての社会への発信が十分であったかどうかは検証の余地がある。このような背景の下、長期にわたる1F事故への対処に関する情報の発信を学会として今後どのように進めるべきか、議論を深めることを目的に、2024年3月27日の春の年会にて「1F事故への対処について学会は社会に今後何を発信すべきか」と題した理事会セッションを開催した。
 冒頭、新堀雄一会長(東北大)より、ご挨拶とともに、上記のセッションの趣旨について紹介いただいた後、4件の講演と総合討論を実施した。

2.メディアの視点から
 NHKで長年にわたり1F事故関連の取材・報道に携わられ、最近ではNHKスペシャル「廃炉への道2024」の制作統括を務められた、科学文化部ニュースデスクの大崎要一郎氏から、「1F事故をめぐる学会と社会の関係」と題して、学会に期待する役割等について講演いただいた。1F事故を巡っては、基本的な事実を丁寧に発信し、福島の現状と多様な声を伝えるよう努めてきたと紹介された上で、ALPS処理水の放出においては、「学会は客観的な立場から人々が知りたいことに答える役割を果たせていたか?」、「(メディアでの扱いが少ない背景として)事故から13年を経た今も、学会が利害関係を超えた専門家集団として信頼を得るに至っていないのではないか?」といった問題提起がなされた。これまでの学会の取組の中で、福島第一原子力発電所廃炉検討委員会が廃炉の方法と発生する廃棄物の管理期間等に係る選択肢を提示したことを例に、学会が政府や電力会社の事情に左右されずに専門知を生かして発信していく取組が、社会から信頼を得ていくのに重要だとの指摘があった。

3.廃炉に関する情報発信
 福島第一原子力発電所廃炉検討委員会の活動報告として、東海大学の浅沼徳子氏から、公開シンポジウムの開催実績等について紹介いただいた。2023年8月に開催した直近のシンポジウムには85名の参加があり、パネルディスカッションには5名のマスコミ関係者と4名の学生に登壇いただき、廃炉に係る関心事項や信頼できる情報の重要性について議論した。議論しながらファシリテータがスライドに意見を随時入力していくことで、有意義な議論となった。終了後のアンケートでも好評であった旨が報告された。

4.環境回復に関する情報発信
 福島特別プロジェクトの活動報告として、東京大学の飯本武志氏から、福島県浜通り地域の住民へのアンケート調査報告書、シンポジウムの開催、福島市にある環境再生プラザへの専門家派遣、稲作試験、福島県内での学校教育への協力・支援等の取組を紹介いただいた。アンケート調査では、福島に若年層が安心して定住できるにはどうしたら良いか、国の施策の効果を住民がもっと実感できるようにするにはどうしたら良いか、帰還を迷っている方々に有効な施策は何か等の課題が浮き彫りになった。今後、風評被害への対応、処理水放出による農水産物への影響注視等、地元の方々の関心・ニーズに応える活動を継続し、専門知や経験と地元の方々とのハブ的な役割が最も重要との指摘があった。

5.原子力機構の情報発信
 福島県内に複数の研究拠点を構える原子力機構の活動報告として、原子力機構/福島研究開発部門の伊藤聡美氏から、「放射線に関するご質問に答える会」の開催状況、インターネットでの情報発信状況等について説明があった後、現在進めている「ユーザーフレンドリーな情報発信」の取組について報告があった。目的とアプローチ先を明確化し、マーケティングで使われるカスタマージャーニーの手法を応用して、「認知」から「興味」、「信頼」を獲得し、最終的には継続的な「共有・応援」を得ることを目指している。全ての人に向けた情報発信は誰にも伝わらない可能性があり、「誰か」に刺さる情報発信を目指していきたい旨のコメントがあった。

6.総合討論
 上記講演者4名に新堀会長及び東京電機大の寿楽浩太氏を加え、総合討論を行った。新堀会長からは、学会には様々な専門家が活動しているが、効果的に発信できているかが課題と感じているとのコメントがあった。寿楽氏からは、工学系の学会は中立性よりも、独立性が重要であり、独立に評価や選択肢を提示することが必要で、業界に必ずしも有利にならないこともあるかもしれないが、事実を積み上げることが大事との見解が示された。
 活動が社会に伝わっているかどうかについて、浅沼氏は、シンポジウムは好評であるが参加者が限定的であり、今後はハイブリッド開催を検討していきたい旨、飯本氏は、福島の地元住民の方々に学会活動が十分に伝わっているとは言えない現状について言及された。伊藤氏からは、プライベートも交えた地元の方々との交流が重要であるとの考えが述べられた。大崎氏からは、メディアで取り上げる際には、利害関係を超えた信頼を重要視しており、客観性・独立性をもって取り組んでいるか、語りにくいことや都合の悪いことに逃げずに向き合っているかといった姿勢が大切で、そのような情報には信頼がおけるし、一緒に考えませんかという提起ができるとの指摘があった
 会場からは、オフサイトの除染は現地の方々の意見を聞きながら進めているのに対し、ALPS処理水の放出はトップダウン的に進められた感覚を持っている人が多く、学会が、海外での処分場選定における住民参加プロセス等を参考に進め方を提案・発信するようなことも必要ではないかとの意見があった。


総合討論の様子

7.おわりに
 最後に、新堀会長から、不確実性が非常に高い1F関連において専門家としては分らないところは発言しにくいものの、1Fの廃炉を含む福島の復興をさらに進めるために、様々な可能性や選択肢が存在し得ることについて、これまでの知見や学術的、技術的な経験を基に、積極的に検討・発信していくことが学会としても重要であるとの考えが述べられた。
 今回の理事会セッションを通じて、長期にわたる1F事故への対処について、学会に期待される役割に対する認識が深まった。その時々の課題や選択肢について、積極的かつ効果的に発信していく方策の具体化を図っていきたい。

大井川 宏之(副会長、日本原子力研究開発機構)