一般社団法人 日本原子力学会 Atomic Energy Society of Japan

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リスク評価の理解のために:2020(AESJ-SC-TR011: 2020)

1729

販売価格(税別)


7,500円
注文番号 1729-1

登録情報
  • ISBN : 978-4-89047-432-5
  • 担当部会 : リスク活用分科会
  • 版型頁数 : A4/185
  • 発行年 : 2020/8/12
6,000円
注文番号 1729-2

登録情報
  • ISBN : 978-4-89047-432-5
  • 担当部会 : リスク活用分科会
  • 版型頁数 : A4/185
  • 発行年 : 2020/8/12
内容紹介

内容紹介:

エグゼクティブサマリーより>

本書では,事故の発生の可能性とそれにより公衆が受ける放射線の影響とをリスクとして捉え,そのリスクを科学的,合理的に受け入れられる程度まで小さくするために如何にリスク評価を用いるかについて,その考え方をまとめることを目的としている。

原子力発電所の安全性の確保は,対策を施しそれを維持する仕組みを一度作っただけでは達成されない。原子力災害のリスクをゼロにはできないことを踏まえれば,合理的に達成可能な最小のリスクを目指す努力が不可欠である。設備・人・組織の劣化,設計や仕組みの陳腐化,認識していなかった未知の事象の発生などの要因,あるいはそれらの組み合わせにより安全性の確保への影響に常に注意を配り,安全性向上の取組みを継続することが,重要である。ただし,固定化した仕組みで同じことを繰り返す「継続」ではない。常に「安全であるか?」を問い続ける姿勢を持った安全文化に依拠したマネジメントシステムを構築し,その仕組みの中で,安全を脅かすリスク源に注視し,その影響と不確かさを把握し適切に対処(リスクマネジメント)することで,初めて安全性が一定レベル以上に確保できる。

リスクマネジメントは,組織の基本的な活動プロセスとして常時整備しておくものである。不適合が生じた際の是正措置,監査の指摘事項,業務品質向上のための改善は,定めたリスクマネジメントプロセスに従うことで対応が可能である。しかし,従来の前提条件を大きく超えたリスクに対応する場合,たとえば津波対策として防潮堤高さの決定,過酷事故対策の構築などには,リスク情報を活用し,複数の観点(経済的考慮事項,社会的考慮事項,経験など)を考慮した意思決定プロセスに則ることが有効である。

リスク論と決定論の差異は,主としてリスクという概念が持つ不確かさの扱いによっている。リスク論は,不確かさを不確かなままに扱おうとするものであり,決定論は安全率という概念を採用すること,あるいは最大荷重の組み合わせを荷重要件とするなど影響の分布を包絡する条件として取り扱うことにより,不確かさを包含して考慮しようとするものである。

リスク評価には定性的、定量的手法を含めその目的により様々な手法がある。確率論的リスク評価(Probabilistic Risk Assessment, PRA)は,我々の想像力と広範な科学技術を組み合わせて,起こりうる事故を可能な限り探索し,その知見を重大な事故の未然防止に結びつけることを可能にする効果的で強力な分析ツールであり,本書では内的事象及び外的事象を対象としてその方法論の特徴を詳しく解説する。

決定論とリスク論は相容れない考え方ではなく,互いに連携して安全を向上させるものである。不具合や事故の発生の可能性が明確である場合の対応が必要な事象に対しては,決定論が有効であり,その対応レベルを超える発生の可能性が稀な事象に対してはリスク論が有効となる。決定論だけで安全を確保できるというわけではなく,またリスク論だけで安全を確保できるというわけでもない。互いに補完しあうもので,共に統合的意思決定の入力情報として使用するべきである。

リスクマネジメントプロセスにおけるリスク評価とは,リスクを特定し,そのリスクを分析して得られたリスクの数値などのアウトプット(リスク情報)をもとに,判断基準となるリスクとの比較を通じてその対応方針を決定することである。従ってリスク評価の活用においては,アウトプットとして得られる多面的なリスク情報の評価だけではなく,基準となるリスクに対する工学的,社会的な合意形成や対応方針を決定するための各ステークホルダーとしての意思決定のありかた,組織構成等も重要となる。同時にリスク情報の多面性は,安全確保のための様々な活動にリスク情報を活用することを可能とする。

過酷事故に対する対処を効果的に実施するためには,リスク評価の活用が極めて有用となる。そこで,スリーマイル島,チェルノブイリ及び東京電力福島第一原子力発電所で発生した過酷事故から得られた教訓のうち,リスク評価の必要性に関するものを以下3点にまとめた。

1に原子力事故にまで至った原因は一つではなく,複数の故障や失敗,自然現象,組織要因などが作用し合って事故を発生させ,被害を拡大させたことである。第2に安全設計の弱点が指摘された。同種のプラントで安全向上のための多数の改善がなされた。第3に,多重故障への考慮やアクシデントマネジメント対策が不十分だったとされていることの背後要因として,組織や国の安全文化の不十分さがあったことが指摘されている。このことから,過酷事故の発生を防ぐには,これらの要因の全て及びその他の考え得る原因を考慮できる体系的な分析方法を用いて,起こりうる事故のシナリオを同定し,対策を施して,合理的に実行可能な限りリスクを低減するという考え方が重要である。

原子力発電所の安全を監視,分析,対策する場合には,原子力プラントのシステム全体の挙動(発生防止系と影響緩和系)を表現できるPRAから得る原子炉事故リスクを指標とすることが効果的である。合理性,説明性,客観性を高めた意思決定のためには,リスク評価の適用を試みることは好ましいことである。安全確保活動であれ,規制活動であれ,活動において不確実さの対応に苦慮している場合やより多くの判断材料を求めている場合など,PRAの結果に活路を見出そうとすることはよい取り組みである。ただし,PRAの不確かさから不作為に陥るよりは,例えば決定論で選択した対策についてPRAでその効果を吟味することの方が,PRAを扱うことによって意思決定の視野と深さを拡張することにつながると考える。ここで,一つだけの指標で安全確保の活動における意思決定をすることは,物事の一面しか見ておらず,判断材料として不十分であり十分に留意する必要がある。本書ではリスク評価適用の参考になる活用事例をまとめている。

また本書では,原子力安全の向上実施におけるリスク評価の役割についても考察を行った。原子力分野に存在する,技術だけでは完全に解決できない「トランス・サイエンス」と言われる課題の解決策には,リスクコミュニケーションの思想を適用することが重要となる。原子力安全においてリスクコミュニケーションに期待される,特に重要な役割には,「『安全』に対する情報共有及び意思決定支援」と「確実なリスク低減の実現」の2つの実行に合意が形成されることである。社会の一部の主体が独自に決定するのではなく,リスクコミュニケーションの思想に基づき,社会の複数主体が関与し,互いの役割分担を確認しあってその意思を決定することにより,社会における原子力に関する摩擦が低減され,よりよい原子力安全のために役立つ。

安全性向上のためには,リスクマネジメントを単純にリスク分析のためのツールとしてではなく,目指す安全目標の達成を阻害する要因を発見し,効果的な対策を検討し実行する仕組みとしてとらえることが有効である。リスクを「安全を脅かす可能性のあるトラブルや物理事象や現象の顕在化」としてとらえるだけでなく,「安全確保の障害となるすべての事象や活動としてとらえる」ことにより,リスクの把握や対応が,より効果的に安全性向上,十分な安全の確保につながることになる。

深層防護は,原子力安全を実現する具体的な対応策につながる概念である。原子力安全の要求,安全目標を達成する方策が深層防護の各防護レベルの具体策となる。それらの安全目標達成のための位置づけは,定量的なリスク評価により明確にされる。原子力安全には「絶対安全」すなわちリスクゼロはなく,必ず一定量のリスクを伴う。いわゆる社会が受容できる領域,すなわち“社会が決める安全目標の基準”の範囲内で,リスク目標を「安全目標」として定量的に示し,それを達成する,さらにはより低いリスクとなるように,定性的,定量的なリスク情報を活用し常にリスク低減の努力を行う,それが原子力安全を確保する活動である。深層防護の各防護レベルは,リスク低減をバランスよく分担し,トータルとしての原子力安全の定量的なリスク目標を達成することが望ましい。それが結果としてのリスクの顕在化を防ぐことに効果的であると考える。

また,リスク評価におけるPRAの結果の利用に関する重要なことは,決して結果の数値だけで判断することではないということである。意思決定は,従来からの決定論的安全評価や深層防護の原則を踏まえてなされるものであり,それに加えてPRAから得られる情報を利用することにより一層合理的な判断が可能になる。PRAの手法上の限界については,改善の努力を続けつつ,仮定や不確実さを明示し,それを意識して結果を使うことである。

リスク情報活用をさらに充実させるための方策として,以下の提言をまとめた。

  1. リスク評価とリスク情報活用におけるスクリーニングとサーチングのバランスよい推進を図る。
  2. 検査におけるPRAの活用は可能な分野から着手するとともに,一層効果的な活用を段階的に進めるための研究開発を推進する。
  3. 深層防護のレベル4(アクシデントマネジメント)及びレベル5(防災)の強化のためのリスク評価の活用をさらに充実させる。
  4. 継続的安全性向上活動を踏まえて,その一環として,リスクコミュニケーションを積極的に進める。
  5. 日本原子力学会は,リスク評価技術開発及びリスク情報活用に関する方針検討と情報交流の場を提供する。